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2011年5/22(日)に開催された、ライフネット生命出口社長による『中国4000年の歴史セミナー』の続きです。

今回は「春秋・戦国時代と孔子」のお話。今まで持っていた孔子のイメージがちょっと変わっちゃいました…


呉越の戦い
BC500年くらいになって次の戦国時代に入ろうとするころ、BC494年に、呉王の夫差(ふさ)が越王の勾践(こうせん)を破って臥薪嘗胆(がしんしょうたん)の故事で有名な「呉越の戦い」が始まります。呉越の戦いがだいたい春秋時代の最後、戦国時代の始まりといわれていますが、要するにそれまでは北方の国が中国を大体において仕切っていたのですが、春秋時代の最後の方になると南の国である呉とか越が台頭してくることになります。
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これは、このころから既に長江流域の農業の生産力が高まって、黄河流域よりも豊かな地域になりつつあったということの何よりの証拠だと思います。ただ、政治の中枢は依然として黄河流域にありましたから、呉と越の争いの主眼は何だろうという説がいくつもあるんですけれども、恐らく呉は長江の経営資源を元に河川を使って北方と貿易をすることによって豊かになった国ではないかと、これに対して越はやはり北方との貿易を海を伝って海岸沿いにやっていたのではないかと、つまり北の黄河中流域の政治の中枢と南の豊かな長江流域を結ぶ路線の争いではないか、呉が内陸水路であり、越が海であったのではないかというふうに今のところは考えられています。

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2011年5/22(日)に開催された、ライフネット生命出口社長による『中国4000年の歴史セミナー』の続きです。

今回は「中華思想の始まり」について。中華思想は、中国の当時の国家が自分たちで言い始めたわけではなかったんですね。それでは、どうぞ!



中華思想の始まり
商では、甲骨文字を使って占いが日常的に行われていましたが、(西)周では、祭政分離(さいせいぶんり)ですから占いをしなくなったんですね。では、そもそも文字は何のために使われていたかというと、占いに使ったのと、青銅器に彫り込んで使うという2つの使い方があったわけですね。
青銅器に彫って使った文字を金文(きんぶん)といいます。周は占いに使った甲骨文字を捨てたわけですが、この金文の技術は引き継いで、ずっと青銅器を作り続けます。この青銅器は威信財です。地方の王様が周に挨拶にやって来た時に、「よく来たな」といって重い青銅器をプレゼントするわけですね。「これを家宝にして、末長く守っておけよ」と。それを地方の王様が「ははーっ」と言って貰っていくわけです。地方では、立派な青銅器は作れませんから、有難く思う訳です。

ところで、文字を書けるというのはどの時代でもそうですが、ものすごいエリートなわけです。だから周の王朝に仕えていた文字を書けるごく一部の人は、ときどき青銅器に文字を書くだけで高い給料をもらって、美味しいごちそうを食べて、王宮の片隅に住んでいて、「俺は賢くてよかったな。文字が書けるだけでこんなに安楽な生活ができるんだから」と思って喜んでいたわけです。ところが(西)周が滅んで、王宮が焼かれてしまって、幽王も殺されてしまったので、彼らは職を失うわけです。ちょうどフランス革命で王様に仕えていた料理人が職を失ってこれからどうして食べていこうかと考え、「やっぱり俺はご飯を作るしか能力がないから」といってフランスレストランが始まるわけですが、これと同じですね。周の王室で文字を書いていた人たちはどうしたかといえば、この当時の産業は殆ど農業ですから、「今更農民になって土を掘るのはいやだな。今までのような安楽な生活がしたいな」と。そうすると、「そういえば王様のところには地方の王様が何人も挨拶に来ていたな…。幽王に比べれば、貧しいかもしれないけれど、ひょっとしたら地方にも王宮があるかもしれないぞ」と思って地方の王様を頼って逃げていくわけです。そして周の王様に隷属していた地方の王様のところに行って、「私は文字が読めます、書けます。高い給料で雇ってください」というわけです。周に比べれば小さい王室でもそれでも王様に雇ってもらったら何とか農業をしなくても飯が食えるだろうと、こう思うわけです。地方の王様は文字なんかは全く読めないし書けないわけですから、「そうか、じゃあ高給で雇ってやろうと」言って雇うわけです。

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お待たせしました!
2011年5/22(日)に開催された、ライフネット生命出口社長による『中国4000年の歴史セミナー』の続きです。

今回は、「」についてのお話です。「共和国」っていう言葉、何気なく使ってたけれど、こんなところにルーツがあったんですね!


(西)周
商の次には、西周という国が建つんですけれども、この国には文王(ぶんおう)という立派な人がいて、聖人君子の典型ですね。その文王の子どもである武王が商を滅ぼして、立派な国を作ったという伝説があります。
この文王、武王というのをよく覚えておいてほしいのですが、「文」とか「武」というのは、のちに中国の皇帝の諱(いみな)、すなわち贈り名によく使われるようになります。例えば隋の文帝、漢の武帝等がそうです。これは孔子が、周の文王、武王、太公望呂尚、総理大臣であった周公旦、こういった人々がやっていたことをいにしえの理想政治であるとでっちあげたからであり、「文」帝や「武」帝が中国の歴史には頻出することになるわけですが、そのおおもとは周にあります。

中国で今もなお一番の謎になっているのは、周の王墓が一切発見されていないことです。商の王墓は既に発掘されていますし、のちの漢以降の王様はどこに葬られて、そのお墓がどうなっているのかということは大体全部わかっています。しかし周の王墓は一切見つかっていない。これはあんまり人口に膾炙していないのですが、人類に残された数少ない大ロマンの1つですので周の王様のお墓を発見したら、永遠に歴史に名が残ると思います。冒険が好きな人はやってみてください(会場笑)。

滅んでも存続した商の一族
それで、BC1024年くらいに商という国が滅んで周になるんですけれど、この頃の特徴として、人間は何のために生きているかといえば、祖先を祀るために生きていると考えていました。ですから商という国家が滅びても商の一族を殺さないんですね。なぜかといえば、商の王様の一族を全部殺してしまうと帝を祀る人がいなくなるからです。当時の人々は祖先を祀る人がいなくなると祖先が祟ると考えていたので、商という国はずっと残っていくわけですね。商は王国としては滅んだのですが、小さい都市国家として存続を許されます。ただ軍事力は奪われ、言うならば武装解除されて、「戦争したらあかんぞ、これからは俺の子分となって慎ましく生きろよ。」というような形で小さい宋という町をもらって生きていくんですけれども、この国の人々は商売を一所懸命やったので、「商人」という言葉ができたと云われています。

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2011年5/22(日)に行われた、ライフネット生命出口社長による『中国4000年の歴史セミナー』講演内容をシリーズでブログにアップしています。

皆さん大変お待たせいたしました。今回は、「」についてのお話第二段です。面白い脱線話満載です。



青銅器
ところで、この(商の)時代に青銅器というものが良く出てきますが、あの青銅器は何に使っていたかといえば、動物を屠(ほふ)って、先祖である神様の「帝」に捧げていたんですね。それが、基本的な青銅器の使い道です。

鼎(かなえ)の軽重を問うという言葉があって、王様の象徴というのが鼎であると言われていますね。これは次の周の時代の話なんですが、この鼎が何個あったか皆さん覚えていますか?9つあったんですね。9つの鼎が王様の象徴であった、なぜか。それは9州だからです。9州の全てを子分にしたということを象徴して、周になって、鼎が中国の王様の権威の印になるわけです。
「鼎(かなえ)の軽重を問う」、の鼎の元ですが、それは9州にあるのです。


商の滅亡と商周革命

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2011年5/22(日)、ライフネット生命出口社長による『中国4000年の歴史セミナー』が開催されました。

本当に素晴らしい講演だったので、その講演の内容をシリーズでブログにアップしていきます。
今回は、「
」についてのお話です。


その次の2番目のランナーである「商」に移りますが、
夏ができてからおそらく200~300年経ってからですね、やはり伝説の王様、湯王(とうおう、正式名は天乙)が商を建国します。湯王が実在したのかどうかというのは学者によって争いがあるんですが、これはエジプトの初代の王メネスのようなもので「いた」とも言えるし、「いなかった」とも言える存在ですが、BC1600年ぐらいに商という国が夏に近い黄河中流域に成立したことはほぼ確実視されています。この国は甲骨文字という文字を持っていたので、商についてはある程度のことが分かっています。

ところで、かなり前ですが、四川省で目が飛び出た青銅器が出たというニュースが大きく取り上げられ、三星堆(さんせいたい)という場所ですけれども、目玉が飛び出た異様な仮面があって、こういうことは中国の歴史に何も書かれていないから謎のまぼろし王国であるとか、不勉強極まりないことを新聞が書いていました。皆さんはもう何故僕が不勉強だと言ったのかお分かりになりますね?九州があって、それぞれが全部発展していたわけですが、文字が生まれたのはその中でわずか九分の一の夏から商という黄河中流域の文明圏だけですから、古代中国の歴史の中で甲骨文字で書かれているのはその九分の一の歴史しかないわけで、他の地域のことは(文字がないので)書かれるはずがないわけですね。だから、中国の歴史に書かれていないことが考古学でいっぱい出てくるというのは、ごくごく自然なことですね。古代のヨーロッパでイタリア人だけが文字を知っていたと仮定しましょう、ドイツとか英国とかフランスのことを書くはずがないということは、簡単にわかりますね。それに、中国はヨーロッパより大きいのです。

商という国は、都市国家です。都市国家というのはよく場所を変えることがあるのです。例えば洪水が起こったら建てなおすんじゃなくて、もっといい所へ移そうということで簡単に都を移してしまいます。黄河はよく氾濫を起こした川ですけれども、商は何回も何回も都を変えています。BC1400年くらいに盤庚(ばんこう)という王様、この頃になると系図もかなり明確になるんですけれども、盤庚という王様が俗に殷墟(いんきょ)と言われている町に遷都します。で、この町に相当長いこと商という国があったので、ここには大量の甲骨文字が残されているんです。

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2011年5/22(日)、ライフネット生命出口社長による『中国4000年の歴史セミナー』が開催されました。

本当に素晴らしい講演だったので、当日参加できなかった皆さまも含め、ぜひ多くの方にこの内容を味わっていただけたらと思い、講演内容の書き起こしによる再現をしていきます!(完全に再現できない部分もありますが、その点はどうかご了承ください)

お待たせしました。それではさっそく、はじめましょう!
まずは第1回、
黄河文明についてのお話です。以下、出口社長の講演内容です。

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◇  ◇  ◇

神話と歴史の違い
最初に、「神話と歴史はどう違うのか」ということを簡単にお話ししておきたいと思います。

「歴史」というのは簡単に言って「文字によって記録が残っているもの」と考えてください。文字によって記録が残っているものですから、その資料が確かであれば、ほとんどそれは事実と見なしていいと思いますね。これが歴史です。

ちなみに、漢字で言えば「歴」という字は、確か、軍隊が行軍していくさまの記録です。
「史」というのは、色んなことを神さまに祀(まつ)って、その記録を示したものですね。昔は祭政一致(さいせいいっち)ですから、国の主な出来事はまず神さまに最初にお伺いをたてて、それでよく戦争をやっていましたから、以上が歴史の大本になる、漢字の歴史というのはそういう意味があるんですね。

次に、「神話」というのは何かといえば、これは「記録に残っていない、伝承によって語られた物語」ですけれど、神話の特徴はですね、古いものほど新しいということです。これは、えっ?と意外に思われるかもしれませんが、皆さんがよく考えてみたらすぐに分かることです。
皆さんが自分の一家の歴史を書こうとします。
自分から始めますよね。
その次は? お父さんお母さんでしょう?
その次は? おじいさんおばあさんでしょう?
でもその次になると? もう分からないでしょう?
だから、古いものほど後から適当に想像して書かれるわけで、だから、記録がないものは一般に古いものほど新しい。日本の例えば古事記・日本書紀でいえば、神武天皇なんていうのはもうでっち上げで、後から作ったものだということは皆さんもう知っていますよね?
それは、そういう構造が働くからなんですね。

今日は、「神話」ではなくて、中国の「歴史」の話をします。


人間は交易によって豊かになる
世界史すなわち人間の5000年史を理解する上で、『人間の歴史というのは「交易」―貿易ですね―、交易によって豊かになる』というキーワードを是非覚えておいて欲しいと思います。

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2011年5月22日に、ライフネット生命株式会社 代表取締役社長 出口 治明(でぐち はるあき)氏による歴史セミナーを主催しました。

出口社長は、日本生命の超エリートキャリアを捨て、60歳にして新たにライフネット生命を立ち上げたのですが、生命保険業界でその存在を知らない人はいない、生保業界の風雲児です。

なぜ“風雲児”なのか?
それは、生命保険業界に大きな風穴を開けたからです。

これまで生命保険というのは「複雑で良く分からない」ものであり、私たちは「生保レディ」などと呼ばれる販売員から(時には強引に)提案されるままに何となく商品を購入することがほとんどでした。商品が複雑だから、会社ごとに比較することも難しいんですね。そこに、出口社長率いるライフネット生命が現れ、旋風を巻き起こします。

ライフネット生命の商品は、

 ・シンプルで
 ・比較できて
 ・安い


さらにライフネット生命は生命保険会社として初めて、「付加保険料率」を公開します。これには業界はぶっ飛びました。「付加保険料」とは生命保険の経費に相当する部分とも言われ、逆算すれば保険商品の原価(厳密には違いますが)がバレてしまいます。そのため、これまで業界ではマル秘とされていましたが、同社はこれをさらっと公開しちゃいました。いろんな意味で歯ぎしりした他社生保の経営者は多いはずです。
(※詳しくは、「直球勝負の会社」「生命保険入門」をご覧ください)

そんな出口社長ですが、無類の読書家としても知られています。特に歴史に関する造詣は深く、京都大学で京大生を相手にした歴史の講演を頼まれるほど。ご自身の著書(「思考軸を作れ」)では、「歴史を知り(タテ思考)、世界を知る(ヨコ思考)ことでブレない思考軸を作ることだ」と書いておられ、僕はこれを読んで感銘を受けました。それ以来、僕も思考力を鍛えるために歴史を勉強したいと強く思うようになりました。

◇  ◇  ◇

そんな出口さんに、僕がTwitterで話しかけたことからこのセミナーが始まりました。

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