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最近、子どもと遊ぶために紙ひこうきをたくさん作っています。

いろいろな紙ひこうきを試作していたところ、偶然にも、すごい紙ひこうきを開発してしまいました。
何気なく作ってみたらあまりにきれいに飛ぶのでびっくり。「でも、ひょとして誰かが既に考案済みなんじゃないか…?」と思ってネットで調べてみましたが、主なサイトでは紹介されていないみたい。どうやら僕のオリジナルのようです。ふっふっふ。

簡単に作れて、しかも驚くほど安定した飛び方をします。
自分の備忘録として載せておきますが、皆さんもよかったら試してみて下さい。
小学校1~2年生くらいから作れると思います。


<めちゃくちゃよく飛ぶ飛行機の作り方>


1.まず、A4くらいの紙を準備します。
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前回の続きです。

判断力を身につけるためには
では、判断力はどのようにすれば身につくのでしょうか?
今回は、判断力の構成要素を分解して、それぞれについて対応を考えてみます。

下の図を見て下さい。
まず、判断には大きく分けて3つのフェーズがあります。

・『インプット』…情報が入ってくる
・『判断』…判断基準に照らして考える
・『アウトプット』…結論を選択する


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それぞれのフェーズでは、次のような要素が必要になります。

インプット:「①判断の場面を認識する力」

判断が起こるのは、トリガーとして何らかの情報が入ってきた時です。このとき脳は「今こそ判断の場面だ!」と認識します。この認識が生まれなければ、そもそも判断という行為自体が起こりません。判断のトリガーに気付かない人は、人生において自分で方向性を決められたはずの場面を漫然とスル―してしまいます。

判断:「②判断の根拠となる基準」

判断は、自分なりの基準に照らして行われます。基準は人によって違います。思想・宗教・経験・環境など、様々な要素がこれに影響します。この基準のうち、多くの人に共通する部をアダム・スミスは「道徳」と呼びました。この基準があまりに偏っている人は、ロクな判断ができません。

アウトプット:「③結論の選択肢」
判断の結果、何らかの結論を導くことになります。その結果が「好き」「嫌い」のような二元論であれば楽ですが、人生はそんなに単純な判断だけではありません。多くの場合、複数ある選択肢の中から一つを選ぶことになります。この時、選択肢の引き出しが少ない人は、最良の選択をすることができません。


はい。つまり、これら①~③の要素を鍛えれば、判断力は向上するということですね。
では、具体的にどのような鍛え方があるか、考えてみましょう。


①判断の場面を認識する力
判断の場面に気付くには、日頃から「判断していること」を意識していなければなりません。 そのためにやるべきことは、次の2つ。

1.自分が判断する場面を与える
2.自分の判断で結果が変わったという経験をさせる


例えば、子どもと一緒にどこかのお店に入ろうとする時。 子どもの手をひいてそのまま入るのではなく、「このお店に入る?」と聞いてから入る。 もし子どもが「入らない」と答えた場合は、(仮に入るつもりであったとしても)本当に入らない。その場で説得したり理由を聞いたりアドバイスしたりするのはNGです。 完全にその子の判断に委ね、結果を経験させるわけです。こうすることにより、子どもは自分が下した判断の重みや威力を実感します。判断する経験を積めば積むほど、子どもは「世の中には自分で判断できることがたくさんあるんだ」と感じられるようになります。そんな風に感じれば感じるほど、「判断のトリガー」に対してますます鋭敏になり、判断の場面を見逃すことは無くなっていきます。

②判断の根拠となる基準
判断の基準を鍛える方法としては、「親の判断基準とのすり合わせ」という方法が最も効率的です。子どもがした判断に対し、親が「同じ立場だったら私はこう判断する」という結果とその理由を示し、親子のギャップを一緒に考えるという作業です。先程のお店の例で言えば、子どもが「入らない」と答えた時、その場はお店に入らないようにします。そして、その日の夜にでも理由を聞いてみるのです。子どもは「だってあのお店は汚かったから」などと言うかもしれません。理由を聞いた後で、親は「自分なら入ったな」と言って、その理由を言います。「なぜなら、あのお店の人は親切だから」などといった理由かもしれません。二つの判断結果と理由を並べると、お店に入るかどうかの判断基準は「汚いかどうか」だけでなく「店の人が親切かどうか」という視点もあると気づくわけです。こうして、親が「私はこうしたであろう。なぜなら…」を繰り返すことによって、子どもは自分の判断基準と親の判断基準の違いを理解しながら自分の判断基準を向上させていくわけです。ここで注意しなければならないのは、親の「私はこうしたであろう」は、擦り合わせの作業であって、答え合わせではないということです。一番やってはいけないのは、「お前はこう判断すべきだ」と強制したり、「お前の判断はダメだ」などと批判したりすることです。強制・批判することは、「自分の判断基準なんか持つな」ということと同義ですから、真面目な子ほど自分の判断基準を持たなくなります。自分の判断基準がない子は、借り物の判断基準を使うために判断がブレやすくなってしまいますし、「自分で判断した」という納得感の得られない人生を送ることになります。

③結論の選択肢
結論の選択肢を増やす方法はシンプルです。少しでも多くの世界を知ること。これだけです。 世の中には色んな世界があって、色んな人が居ます。世界を見て、人と会う。この経験をすればするほど、人生の選択肢が豊かになっていきます。世界を知る方法は何でも構いません。旅行でも、映画でも、本でも。とにかくたくさんのものを見せてあげることです。 人に会わせる方法も、何でも構いません。とにかく多様な人に会える環境を作ってあげることが重要です。歴史上の人物についての話を聞かせてあげることも一つの方法ですね。


以上のように、判断力を鍛える方法はフェーズによって違います。 自分の子供にはどの要素が必要か、注意深く観察したうえで、その要素を伸ばすトレーニングをぜひ実践してみて下さい。


ちなみに… 判断力を強化するためのトレーニングは、ビジネスの世界でも役に立ちます。
『判断力のある部下』を育てたいと思っている上司も、ぜひ、部下の方にこのトレーニングを実践してみてあげて下さい。自分で考え、判断できる社員になってくれるでしょう。


以上。


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子どもに授けたい能力は?
子育てをしていると、「親として子どもに何を授けてやれるだろうか」ということをよく考えますよね。子どもに授けてやりたいことって、親によってさまざまです。代表的なものとしては、次のような感じではないでしょうか?

・学力(学歴・成績・記憶力)
・体力(運動能力・生活習慣・健康)
・語学力(英語)
・財力(遺産)
・思考力(知識・論理思考力)
・人間力(道徳・感受性・コミュ力)
・教養(芸術・文学・マナー)
・ほか


皆さんは、自分がもし親だったら、子どもにどんな力をつけさせてあげたいですか?

身の回りにいる親御さんに話を聞いていると、「学力」・「体力」・「語学力」がダントツのベスト3です。程度の差こそあれ、みんな似たようなことを言います。

・学歴が高ければ、いい職に就ける
・体力があれば、コンプレックスを感じない
・英語できればグローバル(謎)


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アベノミクスの話、途中で止まっちゃっててすみません。

最近、子育てと仕事が忙しく、ブログを書くキャパが足りないため、しばらくブログはお休みさせていただきます。
来年になったら、また書かせていただきますね。

ちなみにアベノミクスの話は、次のような話にしようと思ってましたが、ファクトデータとか集めるのが大変なので、次の記事は別のテーマにする可能性大です。

・日銀の出費は『円通貨の希薄化による減価』をもたらした。
・アメリカの復調もあり、うまく円安になった。
・このため車とかが売れるようになり、景気刺激は成功。
・でも、実質的に債務危機の状況は何も変わってない。
・歴史的にも自国通貨を薄めて債務危機に対応した例が多々あるが、どれも後でインフレになってる。
・結局、財務健全化には純資産を増やすしかない。
・消費税のお金の流れは、家計部門の純資産から直接お金を吸い上げる「親会社への配当」と同じ。
・消費税は、日本政府の財務健全化に貢献する。
・生活者としては嫌だけど、まあ仕方ない。
・でも、増える税収は数年の時間稼ぎにしかならない。
・「年間の収支が赤字」という根本的原因を取り除かない限り危機のまま。
・世の中「お金を刷って解決」なんてうまい話はない…

以上。

また来年会いましょ〜。
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前回の続きです。
ブログの字数制限があって、3回に分かれちゃってすみません。

先生:ところで、幸福には反復性があるという点も注意が必要だな。
学生:「反復性」?
先生:まず、「幸福は量だ」とするなら、幸福量の定義は何だ?
学生:そうですね。「幸福と感じた回数」ではダメでしょうか?
先生:それはいいと思う。ただ、感じる「強さ」は考慮しなくてよいのか?ん?
学生:それは…
先生:例えば、ミニスカートの生足を見た時と子どもが助けてくれた時とではどう違った?
学生:子どもが助けてくれた時の方が強く幸福を感じました。
先生:そうだな。では、それは定量化できるか?
学生:定量化?
先生:そうだ。「幸福と感じた回数」は、定量化できる。だから他人と比較可能だ。
学生:なるほど。
先生:だが、「強く感じる」など主観的な話になると、定量化はできない。
学生:だから比較もできなくなるということですね。
先生:そうだ。だから、これは定性的なものとして別に考慮するしかない。
学生:なるほど。
先生:そういう意味で、お前の「幸福は量だ」という考えは非常に有用だ。
学生:あ、ありがとうございます。
先生:おまえ自身はそれほど有用でもない。
学生:大きなお世話ですよ。
先生:そして目に力がない。
学生:だから大きなお世話ですよ。

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前回の続きです。

学生:結局、何が言いたかったんですか?
先生:分からんか。
学生:あごが割れたミニスカートのおっさんの話じゃ分かりませんよ!
先生:では次のシーンだ。
学生:展開早いっすね。
先生:ああ、今度はもっと高度な想像力が必要だぞ。
学生:ミニスカートのおっさんよりも?
先生:そうだ。準備はいいか?
学生:いや、だから準備って言われても困りますし…。

先生:お前は、彼氏のいる女性を好きになってしまった。
学生:ああ、はじまっちゃった。
先生:いいか、彼氏のいる女性だ。
学生:はあ。
先生:でも、お前はなかなか魅力的な男だから彼女と両思いになれた。
学生:えっ?!そ、そうですかね…。いやぁ~、僕そんな魅力的かなぁ。
先生:いや、あくまで想像上の話だ。
学生:ですよね…。
先生:その彼女は、とてもかわいらしかった。
学生:えっ!!やった~!!
先生:しかも性格がいい。
学生:おお~!
先生:お前にも「ついに」春が訪れたのだ。
学生:「ついに」って。
先生:しかし、彼女には彼氏がいた。
学生:そりゃ、困りましたね。
先生:ところが、彼女はお前に惚れたので、彼氏とはスパッと別れた。
学生:やった。
先生:晴れてカップルになれたのだ。
学生:やった~!
先生:だが、元彼氏は結構陰険な奴だった。
学生:うわっ、いやだなぁ。
先生:元彼氏は、お前に向かって捨てゼリフを吐いた。
学生:何て言ったんですか?
先生:「覚えとけ!貴様らは絶対に幸福になんかなれない!」
学生:メチャクチャ縁起悪いじゃないすか。
先生:でも、お前たちカップルはそんなことも気にせず付き合った。
学生:ま、そんな捨てゼリフを気にしてもしょうがないですし・・・。
先生:まもなく、彼女に子どもができた。
学生:早っ!
先生:そこで結婚することにした。「できちゃったポン」ってやつだな。
学生:「できちゃった婚」ね。まあいいじゃないですか。
先生:お前も「頑張った」な。
学生:「頑張った」って、何をですか?変に強調するのやめてくださいよ。
先生:親には反対されたが、愛情あふれる結婚生活がはじまった。
学生:結果オーライでしょ。
先生:どうだ、お前は幸福か?
学生:そりゃーもう。
先生:かわいらしくて性格のいい子と結婚できて、良かったな。
学生:想像上ですけどね。
先生:まったく、節操のないやつだ。
学生:だから想像上でしょ!
先生:そして、幸福カウントがまた一つ貯まった。
学生:何か嫌な予感がしてきたなぁ。
先生:結婚してまもなく、子どもが生まれた。
学生:おお!
先生:それはもう、健康な可愛い玉のような男子だ。キラキラしてる。
学生:やった!
先生:良かったな。幸福か?ん?
学生:何だか嫌な聞き方ですね。幸福ですよそりゃ。
先生:いやはや、おめでとう。幸福カウントがまた増えたな。
学生:ありがとうございます。
先生:さあ、子育ては大変だぞ!
学生:そ、そうですよね。頑張らなくちゃ。

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僕は昔から、幸福については次のような考えを持っていました。


・幸福は、量である。

つまり、「幸福と感じる瞬間が多ければ多いほど幸福な人生である」という考えです。
この考えは今も変わっていませんが、昔、国語の先生と面白いやり取りをしたのを思い出しました。
備忘録なので、ここに残しておきます。
※「学生」が僕。会話はうろ覚えなのでかなり脚色しています。


先生:お前はいま幸福か?
学生:はい。
先生:どうしてそう思うんだ?
学生:「僕は幸福だなー」って感じることが多いからです。
先生:『幸福と感じる』というのは、回数が多いということか?
学生:はい。幸福と感じる回数が多ければ多いほど幸福な人生だと思いませんか?
先生:ほほう、回数が全てなのか?
学生:そうです。

先生:じゃあ質問だ。スーパーの店員さんが綺麗な女の子だったら幸福か?
学生:はい先生。ちょっと幸福です。
先生:じゃぁお前は、「綺麗な女の子を見るのが幸福」な男なんだな?
学生:それじゃ、何か僕がやらしい奴みたいじゃないですか。
先生:これは恥ずべきことじゃない。男の性だ。
学生:そんなに開き直られても…。

先生:じゃぁ、もう少し複雑な状況を想像してみてくれ。
学生:はい。
先生:準備はいいか?
学生:想像するだけでそんなに準備がいるんですか?
先生:いいから想像しろ。
学生:はい。


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「忙しい…」

この言葉、つい口グセになっている人はいませんか?
僕も時々使ってしまいます。まあ、日々の生活ってのは忙しいものですよね。
ところで、人はなぜそんなに忙しいのでしょうか?いったい何に時間を使っているのでしょうか?

今回の記事では、時間の使い方について書いてみたいと思います。


人生の3つの時間
人生における時間の使い方は、大きく次の3つに分けられます。

1.自分を高めるための時間
2.生活費を稼ぐための時間
3.幸せになるための時間


※ちなみに、これは自分が使い道を選べる時間(可処分時間)の分類ですから、自分で使い道を選べない時間(寝る時間、食べる時間など)は除きます。

1.自分を高める時間とは、勉強をしたりトレーニングをしたりして自分を磨くための時間です。習い事など、スキルや精神性を高めたりするのもこの時間に含まれます。

2.生活費を稼ぐための時間とは、文字通りあなたやあなたの家族が食べていくために、外部からお金を稼いでくる時間です。ですから、労働時間とは違います。主婦の方が家事をする時間は、ここには含まれません。

3.幸せになるための時間とは、1と2以外の可処分時間です。好きな人と過ごしたり、テレビを見たり、趣味に興じたり…。究極的な事をいえば、人生のあらゆる活動は幸せの獲得を目的に行われているものですから、全て幸せになるための時間と定義しても良いかも知れません。この時間は、必ずしも快適なものとは限りません。例えばケンカする時間は、幸せになるために価値観のすり合わせを行う時間ですから、ここに分類されますね。


さて、僕らは自分の時間をどのように使うかを3つの中から選べるわけですが、どの目的に多くの時間を使うかで、人生が大きく変わります。だからこそ、時間の使いかたがとても大切なんですね。


時間はトレード・オフ
自分の時間は、無限にあるわけではありません。1日24時間しかないという点においては、全ての人は平等です。ですから、時間というのは常にトレード・オフの関係にあります。何かに時間を使えば、他の時間が犠牲になる…。

イメージとしては、こんな感じですね。

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では、トレードオフの具体的な例をいくつか見てみましょう。


1.若手ビジネスマン
例えば、ある若手のビジネスマンが語学を勉強するために、夜のビジネススクールに通い始めました。ビジネススクールに通うと、夜の一定の時間が取られるわけですから、残業ができなくなったり、彼女と過ごす時間を取れなくなったりします。つまり、①自分を高めるための時間を増やして②生活費を稼ぐための時間③幸せになるための時間を犠牲にする形ですね。

図にすると、このようなトレードオフが生じます。

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2.バリバリ営業マン
では、次のケースです。
ある営業マンがいました。彼には2人の子どもと3人目を妊娠中の奥さんがいます。彼は奥さんや子どもを養っていくために、バリバリ働かなければなりません。彼は仕事を一生懸命やりました。そのため、帰りも遅く、休日も仕事をする日が増えました。家族と過ごす時間も減り、英会話を勉強する時間も取れなくなりました。
これは、②生活費を稼ぐための時間が増え、他の①自分を高めるための時間③幸せになるための時間が減ってしまったのです。むかし、「24時間戦えますか?」なんてCMが流行ったりしていましたが、団塊世代の方々は、みんなこんな時間の使い方をしていましたよね。

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3.ママさん社員
キャリア女性が、出産を期に時短勤務で働くようになりました。
毎日毎日、子供の世話が大変です。保育園の送り迎え、洗濯、夕飯の支度、絵本の読み聞かせ…、大変な忙しさです。仕事が終わっていなくても、16:30になったら途中で切り上げて帰らなければなりません。休日だって大忙し。おしゃれをしたり、丁寧にメイクする時間もありません。このママさん社員は、子どもの世話をするために他の時間を大きく吸い取られています。とはいえ、子どもは幸せの結晶ともいえる存在。大変ながらも充実した毎日を過ごしています。

この場合③幸せになるための時間のために、①自分を高めるための時間②生活費を稼ぐための時間が犠牲になっています。

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【パレートの法則】
皆さんは「パレートの法則」というのをご存知ですか?
もしかしたら「80:20の法則」と言われた方がピンとくる人も多いかもしれません。「世の中の出来事のうち、80%のことは20%の要素が握っている」という法則です。「パレートの法則」は、厳密に80:20と切っているわけではありませんが、相関に偏りが出ることと、100%に近づくにつれ近似曲線を描くように効率性が落ちていくことを指摘しており、根本は同じ発想です。

さてこのパレートの法則、世の中のほとんどの事象に当てはまります。

例えば、勉強
100点を取るのって、本当に難しいですよね。80点を取れるくらいまで理解するのに2時間の勉強をしたとすると、90点を取るためにはさらにあと2時間くらい、95点を取るためにさらに2時間、100点を確実に取れるレベルにはそこからさらに4時間くらい勉強しなければなりません。

勉強の量と成長は、こんな曲線になります。

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成熟するにつれて成長の速度が下がるので、「成長曲線」と呼ばれたりもします
ね。


例えば、商品の売上なんかもそうですね。
スーパーでは3000〜7000点の商品を扱っていますが、売上の80%は、商品ラインナップの上位20%(生鮮食品・ドリンクなど)が稼いでいます。流通の世界では、この20%しか売上に貢献しない80%の商品群を「ロングテール」と呼びます。

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セブンイレブンはロングテール商品を捨てる(棚に置かない)ことでスーパーに勝ち、アマゾンはロングテール商品を拾う(在庫として揃える)ことで本屋さんに勝ちました。アマゾンの戦略はロングテール戦略とか呼ばれたりします

他にも、

 ・事故の80%は、20%の部品が原因で起こる。
 ・税金の80%は、20%の上位所得者が払っている。
 ・営業利益の80%は、上位20%の営業マンが稼いでいる。
 ・売上げの80%は、20%の優良顧客の買い物が占めている。

など、いろいろな法則がありますね。

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ここ最近、原子力発電所の是非を問う番組などでさまざまな議論がなされ、とても考えさせられます。僕も少し原発について考えてみました。


人の命は何物よりも重い」と、言う人がいます。僕もその通りだと思います。しかし一方で、経済の話の中では人の命はあくまで一つの変数としてとらえられます。原発論争の中でもよくその傾向が見られます。

自動車は便利だが、年間5000人の死亡者が出ている。死亡リスクで評価すれば原発より自動車の方が危険だ。
とか、
震災の死亡者は○人で保険金額は合計で○億円に上る、これはGDPの○%だ…。これに対して原発で避難した人は○人で…
とか。


「原発の便利さ」と「犠牲になる人」の重さを天秤にかけるような議論を聞いていて、僕は何だか違和感を感じてしまいます。


なんでだろ。何かちょっと違う気がするんだよな。



◇   ◇   ◇


そこで、3つのたとえ話を考えてみます。

【1.山手線1日とこども】
3歳の子供が山手線の線路に落ちてしまい、レールに足を挟んでしまいました。なぜか足がどうしてもレールから外れないため、重機でレールごと取り外すしかなさそうです。
レールを外してしまうと、外回りの山手線は丸一日運行を見合わせることになりそうです。山手線が一日動かないということは、大変な数の人がその影響を受けることになり大きな経済損失です。


皆さんは、この子供を助けることに賛成でしょうか?

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