「判断力」を鍛えれば人生が変わる(1)

子どもに授けたい能力は?
子育てをしていると、「親として子どもに何を授けてやれるだろうか」ということをよく考えますよね。子どもに授けてやりたいことって、親によってさまざまです。代表的なものとしては、次のような感じではないでしょうか?

・学力(学歴・成績・記憶力)
・体力(運動能力・生活習慣・健康)
・語学力(英語)
・財力(遺産)
・思考力(知識・論理思考力)
・人間力(道徳・感受性・コミュ力)
・教養(芸術・文学・マナー)
・ほか


皆さんは、自分がもし親だったら、子どもにどんな力をつけさせてあげたいですか?

身の回りにいる親御さんに話を聞いていると、「学力」・「体力」・「語学力」がダントツのベスト3です。程度の差こそあれ、みんな似たようなことを言います。

・学歴が高ければ、いい職に就ける
・体力があれば、コンプレックスを感じない
・英語できればグローバル(謎)




そしてお決まりのコースとして、「塾」「水泳(テニス)」「英語教室」に通っています。
ま、「学力」「体力」「語学力」は定番ですし、子どもが充実した幸せな人生を送っていくために一定の効果を示すことは間違いありません。

…でも、本当にこれらが一番大事、なんでしょうか?

学力や体力や語学力が身につけば、その子は素晴らしい人生を送れるのでしょうか?

それは分かりません。
でも、一つ言えることは、仮に十分な学力・体力・語学力が身についたからといって、ある能力が欠けていれば、必ずしも幸せになれるわけじゃない、ということです。

・学歴が高くても、自分に合わない仕事で無理をしたために心を病んでしまう人はたくさんいます。
・体力があっても、それを暴力に変えてしまう人もたくさんいます。
・語学力が高くても、世界に目を向けられない人もたくさんいます。


では、何の能力が欠けていると、こうしたことが起きやすいのでしょうか?

それは、「判断力」です。
僕はこの「判断力」こそが、より良い人生にするために最も重要な力だと思っています。


判断力がなぜ重要か
学力や体力、語学力といった能力は、その人の「スペック」です。スペックがいくら高くても、誤った方向に使ってしまっては意味がありません。例えば、ある人が東大法学部を優秀な成績で卒業したとしても、その力をアブナイ宗教団体に捧げてしまっては、元も子もありませんよね。

学力・体力・語学力といった「スペック」をどう使うか。それは本人の判断にゆだねられているわけです。自分の力を生かすも殺すも判断次第。結局のところ、人生の方向性を決定する力は学力や体力などではなく、「判断力」なのです。

ちなみに、ここで言う判断力とは「自分の方向性を選定する力」のことであり、決断力とは少し違います。
例えば、ある女性に告白されたのに、ぐずぐずと答えを先延ばしにする男性がいたとしますよね?こういう人は決断力のない人です。でも、この男性はちゃんと判断しているのです。「すぐには答えを出さない自分を容認する」という判断を。答えを出さないことや何もしないことも、一つの判断です。

決断ではない判断の例を、もう一つ例を挙げます。
ある学生が、就職活動で面接に落ちたとしますね。その時、「自分が落ちたのは企業のせいだ」と感じるか、「自分が落ちたのは自分のせいだ」と受け取るかは、本人の判断次第です。物事をどう捉え・感じるかについても、本人が判断が影響しているのです。

その他にも、生きていく上ではあらゆる判断が伴います。

・好きな人に告白するか、しないか
・朝起きて二度寝するか、すぐ起きるか
・テスト前にどこまで勉強するか
・何かに直面した時、答えを出すかどうか
・親や教師の判断に従うかどうか
・そのおやつを食べるか、食べないか


こうした、小さな判断を無数に積み重ねることで、人生が作られていくのです。
人生において自分でコントロールできるものは、全て自分で判断しているのです。つまり、今の自分の姿は、過去の自分が積み重ねてできた判断の集大成であるとも言えます。

このように考えると、子どもの判断力を鍛えてあげることは、その子の人生を良くするために非常に意味のあることだと思いませんか?

なお、「判断力を鍛えることで人生が変わる」という話は、子どもに限った話ではありません。
ビジネスの世界でも、判断力を鍛えることは仕事に役立ちます。だから、多くのマネージャーが「判断力のある部下を育てたい!」と願っているんですよね。


それでは、今回はここまで。
次回は、「判断力の鍛え方」について、判断のプロセスを分解しながら解説してみます。




以上
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